『四月は君の嘘』を読んだらアラフィフの涙腺が緩んだ話
新川直司作品として初めて読んだのは現在月刊マガジンで連載中の女子サッカーを題材にしたマンガ、『さよなら私のクラマー』だった。
恥ずかしいマンガについて考えてみる
サッカーを題材にしたマンガといえば『キャプテン翼』が金字塔としてあるわけだけれど、まあサッカーを啓蒙した、というところに功績はあってもサッカーそのものについては言及する余地があまりないマンガだ。
言ってみれば『リングにかけろ』をボクシングの視点から見ても意味がなかったり、『キン肉マン』をプロレスから論じたりするのと同じだ。
キャプテン翼以降、サッカーは少年マンガの題材として様々な作品で消化されてきているけれど、1990年代にヒットした『シュート!』も一見リアルなサッカーマンガに見えるけれど、結局のところは必殺技マンガで、「トリプルカウンターアタック」とか「ヒールリフト」、「ファントムドリブル」とか真顔で言ってしまう、恥ずかしいマンガだった。
これは必殺技マンガが恥ずかしい、と言っているわけではない。 リンかけは今みてもかなり面白く読めるし、キン肉マンも同様に面白く読める。それはノスタルジーのせいもあるにはあるけれど、恥ずかしくはならない。
考えてみるとこれは作者が確信犯で、というか開き直って書いているか、それとも真面目に書いているか、の差ではないか、と個人的に思っている。
確信犯的に、開き直って書いている例として『スラムダンク』のフンフンフンディフェンスがある。 明かに作者は照れながら書いているだろう。こんなわけないと。でもマンガだからいいんだと。
[caption id="attachment_921" align="alignnone" width="300"] フンフンフン![/caption]
必殺技が決まった名シーンにならないように。恥ずかしくならないように。
だからこそ、最後に桜木花道が決めたのは何度も練習したジャンプシュートという、超地味なシュートだった。
シュート!の作者、大島司はサッカーのことをあまり知らず、編集者がかなりストーリーに口出ししていたというような話をどこかで見たことがある。 [caption id="attachment_930" align="alignnone" width="300"] シュート!の事実上の原作者といわれるキバヤシ氏[/caption]
編集者が考えた必殺技をサッカーをしらない大島司が真に受けてマンガにしている、というような感じの恥ずかしさだ。要するに、考証が甘いのだ。
[caption id="attachment_922" align="alignnone" width="259"] ファントムドリブル[/caption]
世の中にある考証の甘いマンガは人の気持ちを恥ずかしくさせる。いつか考証の甘いマンガについて書いてみたい。
話が大きく脱線したけれど、要するにさよなら私のクラマーは考証がとてもしっかりした、きちんとしたサッカーマンガだということを言いたかった。
サッカー界で使われる戦術やチームの異名(ロッソ・ネロ、とかね)がたくさん出てきたりするところはちょっとアレだけど、本人がサッカー好きらしく、ちゃんと色々と調べて書いているということがよくわかる。
それをページから感じることができる。
もちろん、考証がしっかりしているから面白い、というわけではなくて、サッカーマンガでいえばまず考証ありきで始まっている『フットボールネーション』なんかはリアルな考証部分とマンガ、物語としての面白さの関係が完全に逆転してしまい、言ったら学研の〇〇入門、のようなマンガになってしまった。
[caption id="attachment_924" align="alignnone" width="300"] リアルをはき違えたマンガ[/caption]
その点、さよなら私のクラマーはしっかりした考証、確かな作劇がかみ合っているからこその面白さ、ということなんだろう。
あまりにも面白いので、新川直司の他の作品を読んでみる
『四月は君の嘘』はアニメになったり、実写映画化されたりした作品だったようだけれど、完全にノーマークの作品だった。
アラウンド50歳にはちょっとハードル高めか、と思ったけれど、手に取って読みだしたら最終巻まで一気読み、おじさんの胸がキュンキュン鳴る名作だった。
あるトラウマがきっかけで自分の音が聞こえなくなった元天才ピアノ少年と破天荒な美少女バイオリニストが出会って始まる青春の物語、というのが簡単なストーリーなんだけど、クラシック音楽に特に明るい訳ではないという作者がプロの演奏家、作曲家などの取材協力の元、確かな考証をベースに書いた傑作だった。
ストーリーが中ごろまで進んだあたりで結末はおよそネタバレしていて、そのベタ中のベタともいえるオチに向かってネタバレ状態のまま面白く最後まで読ませられるか、という難題に取り組んでいるこの作品はネタバレどころか予想通りなのに感動を誘い、最後まで読んだ後にオチを知った上で改めて最初から読むと新しい感動がある、という一粒で二度美味しいという点も素晴らしい。
考証しっかり系のマンガで似た手触りといえば・・・
このマンガとよく似た感じのマンガが2作ある。
一つは羽海野チカの『3月のライオン』で、もうひとつは末次由紀の『ちはやふる』だ。 両方とも将棋、競技かるたというマニアックといって差しつかえのない題材を扱うマンガだけれど、どちらもプロの監修を受けたり、関係団体の協力を得た上での取材などを行い、しっかりとした厚みのある作品になっている点が近い感触の理由の一つだと言える。
3月のライオンとちはやふるに関して言えばもっと共通項があって、主人公が天才だったりそれに近い才能がある、という設定だったり、主人公が目指すべき業界のラスボス、というポジションにはちょっとハンディキャップがある人物がいる、という点などが挙げられる。
4月は君の嘘と3月のライオンについては、ピアノ演奏、将棋の試合の勝ち負けが作品の中心に来ない、というところに共通点がある。要するにバトルマンガではないわけだが、そこがとてもいい。
ピアノコンクールの優劣の付け方や音色、演奏の素晴らしさをマンガで説明するのはちょっと無理があるし、将棋のルールは複雑で、門外漢にはわかりにくく、やはりマンガにした場合に勝ち負けを話の中心に持ってくるのは辛い。
そこで言い方は悪いけれどピアノや将棋、という舞台装置を借りて人間ドラマに焦点をあてる、という形でマンガを面白くしている。
4月は君の嘘は全11巻の今のご時世ではコンパクトな作品だけど、真ん中よりちょっと前の5巻あたりで主人公はトラウマから解放される。
そこでピアノのライバルたちが登場するのだけれど、ここからバトルマンガにいったら傑作にはならなかったんじゃないだろうか。
これは掲載誌が月刊マガジンだったこともいい方にいったかもしれない。
通常、週刊連載だと1話19ページ位で、その度に次の話に繋がる引きを作らないといけないんだろうけど、月刊マガジンだと1話50ページなので、1話の中である程度まとまった展開を含んだ話を書くことが出来そうだ。
しかし、同じ月刊マガジン連載だったバンドを題材にしたマンガ『BECK』が恐らく編集サイドの引き延ばしで後半はどうでもいいエピソードでお茶を濁しまくったことを考えると連載当時に多分人気があったはずのこの作品を無駄に引き延ばしさせなかった編集者も優秀だったんじゃないか、と思ったりもする。
[caption id="attachment_925" align="alignnone" width="300"] 後半はこんな絵に観客が『かっけぇ…』とかいってばかりのBECK[/caption]
とまあ、作者本人の力量があってこその話だけど、様々な事情にも恐らく恵まれて傑作となった『四月は君の嘘』に感動して涙腺が緩んだおじさんがちょっとなんか書き留めておきたい、ということで書いた乱文がこれ。
連載中の『さよなら私のクラマー』もだけど、これからも新川直司さんには面白いマンガをいっぱい書いてもらって、おじさんの胸をキュンキュンさせてもらいたい。