おいしいところを持っていくやつ

おいしいところを持っていこうとする人のことが好きになれない。

おいしいところを持っていく、という状況を端的に表すとお膳立てが全部整ったところにやってきて結果だけいただく、というようなことになる。

簡単にいえばズルいヤツ、ということだ。そんなつもりはなかった、悪気はなかった、と言うかもしれない。でも、そう思ってしまった時点でその人は僕の中ではズルいヤツになってしまう。

 

僕は上海でバンドをやっている。

そのバンドは10数年前にできたバンドで、ライブハウスでもなんでもないレストランに自分たちで演奏させてもらえませんか?と売り込み、演奏して集客することで店からの信頼を勝ち取り、店とバンドは二人三脚でこれまでやってきた

店はスピーカーやマイク、ミキサーなどを用意してくれ、自分たちはアンプなどを持ち込み、置かせてもらっているが、演奏に際してギャラは発生せず、当日お店で食事をごちそうになるだけだ。

バンドはビートルズコピーバンドだ。

衣装も自前で数種類用意し、楽曲をなるべく再現する方向で演奏する。1回のライブで30曲くらいを演奏し、約2時間のライブをお客さんと一緒に楽しむ

お店の初代オーナーはビートルズ好きの欧米人だったが、今は店の権利を中国人の女性が買い取り、2代目オーナーとして店を切り盛りしている。

 

僕はそのバンドに3年ほど前から参加している。

新しくバンドに参加するにあたり、この状況まで持ってきたバンド創設メンバーに対して畏敬の念を覚えた。

仕事や家庭を持ちながら、ましてや日本やシンガポールからわざわざ上海にライブをやりに来るメンバーがいる

ビートルズマニアの視点による細かい演奏への注文はもちろんあるが、少なくともこのようなバンドに参加し、人前で演奏するということには責任が伴う、と思ったのだ。

30曲、と簡単に言うけれど、30曲を最初から最後まで個人で練習すると2時間はかかる。

ビートルズリードボーカルを分担するし、コーラスワークもその魅力の一つなので、コーラスにも参加しなくてはならない。もちろん歌詞も覚える必要がある。

バンドアンサンブルの練習も必要なので、メンバー全員がそこそこの時間と労力をバンド活動につぎ込んでいるわけだけれど、その見返りは十分にある。

 

それは演者として知らないお客さんから歓迎されながら演奏することができるということだ。

当たり前の様に聞こえるかもしれないけれど、これはマチュアバンドのライブでは本当に実現しにくい

 

マチュアバンドのライブに行ったことがある人は様子がわかると思うけど、アマチュアバンドのライブというと何バンドかで場所を借りて、場所代をライブハウスに払う(またはチケットノルマという形で店からチケットの売上を課せられる)のが普通だ。

5バンドでライブをやる場合、バンドAのステージをバンドB、C、D、Eのメンバー+お客さんが客席から見る、という感じになる。

要するに、カラオケ大会のような構図になるのだ。純粋なお客さんはほとんどいない。いたとしても出演者の知り合いか家族か、せいぜいそんなところだ。

 

知り合いや友達、親族ではない純粋なお客さんに歓迎されながら演奏するためには集客できなくてはいけないし、見に来てくれたお客さんに歓迎されるだけの演奏を聴かせなくてはならない

これが出来なければお店も演奏させてくれないはずだ。

 

だから僕たちは良い演奏をするために時間を費やす

そこにギャラは発生していないけれど、演奏に期待して来てくれたお客さんの期待を裏切らないために。そして、人前で変な演奏をして自己嫌悪で眠れなくならないように

なにが言いたいかというと、僕たちはおいしいところだけ持っていっているわけではない、ということだ。

 

ある時、僕たちのライブに自分たちもビートルズのバンドをやりたい、という日本人客がやってきた。

結局2回、ライブに来てくれたその人は自分たちのビートルズのバンドもその店でライブがやりたい、と相談してきた。

 

Kさんと言うその人は僕たちのバンドのリーダーに連絡を取り、お店のオーナーに自分たちの演奏している動画を送り、演奏させて欲しいと打診をした。その要請には幾つか気になる点があった

まず、お店はレストランであって場所貸しするようなライブハウスではない、という点がある。あくまでも食事とお酒がメインのレストランだ。

また、Kさんがレゲエ調にアレンジしたビートルズのバンドをやる、という点も引っかかる。内装や店名もビートルズをモチーフにしたその店で他のバンドが演奏するのはいいけど、ビートルズは僕たちだけにしてね、とオーナーと取り決めをしていたからだ。

ついでに言えば置いてあるアンプや機材も半分以上は僕たちの私物だし。

最も気になるのはKさんがわざわざこの店で演奏したい、と言っていることだ。

 

バンドを趣味にしている人にも色々なタイプがいると思われる。ざっくり言うと以下の3つだ。

①バンドの演奏はそこそこでもいいから人前で演奏して皆で楽しみたい(カラオケタイプ)

②バンドの演奏をそれなり以上のレベルで行い、かつ人前で演奏したい(セミプロタイプ)

③バンド演奏はしたいけど、別にライブには興味がない(スタジオタイプ)

この分類はバンドの演奏技術の水準をさしているわけではなく、バンド活動に対するアティテュードによる分類だということを理解してほしい。

 

上海には日本人駐在員を中心としたバンドが集って演奏するライブハウスがあるので、①のカラオケタイプであればライブは簡単に出来る

僕たちは完全に②のセミプロタイプなので、①のようなカラオケ大会的なライブには参加したことがない。

Kさんは②のセミプロタイプをやりたいということなのだろうけど、僕たちとしては笑顔で応じることができない何かを感じる。

 

②だとしても、なぜ僕たちが演奏するお店でやりたいのか?既にある程度集客が出来ていると思っている?他にも演奏できるライブハウスはたくさんあるけど?

そこがどうしても引っ掛かるのだ。

お店のオーナーは、「動画を見たけれどよくわからない。あなた達に任せるからジャッジして欲しい」と言う。

そこにKさんから近々①のカラオケ大会のようなライブに出演するから見に来てくれ、というお誘いがあったので、バンドのメンバーたちと一緒に見に行ったのだ。Kさんのバンドの演奏をジャッジするために。

お店のオーナーからジャッジを任されていること、当日の演奏によって僕たちがOKだと思ったらそう言うので、その他の条件はお店のオーナーと直接相談して欲しい、とKさんには伝えた上で、ライブの当日を迎えた。

 

結論から言うと、Kさんのバンドの演奏は①のカラオケタイプの水準だった

でも、Kさんとしては②のような状態になりたい、あの店なら自分達もお客さんに歓迎されながら演奏できる、という思惑のようだった。

ビートルズの曲をレゲエで、というKさんバンドによる5、6曲の演奏は拙く、良い評価が難しいレベルだった。

単純に個々のメンバーが練習不足なのが伝わってきて、聞いているこちらに冷や汗が滲む。そのような演奏をノッている表情で演奏するKさんバンドのメンバーの前にはそれぞれ譜面台が置いてある。

 

Kさんが①のカラオケタイプのようにバンド演奏をただただ楽しみたい、というだけなら感想を求められた場合に『良かったですよ!』でOKだ。

カラオケ大会の歌唱に本気で文句を言うほど野暮ではない

カラオケ大会が悪い、と言っているのではなく、カラオケにはカラオケの楽しみ方があり、それくらいは僕だって承知している。

 

しかし、これは審査なのだ。僕たちとお店が開拓したライブが出来るレストランという存在、そこでの演奏という、責任が伴うことを店に変わって許可することができるかどうか、というジャッジなのだ。

 

最後の曲を演奏したKさんのバンドはステージの上で自分たちのバンドのオリジナルTシャツを紹介し始めた

横断歩道を渡るビートルズの4人で有名な『Abbey Road』のジャケットをモチーフにしたTシャツ他、数種類を紹介するKさんが演奏を希望する、僕たちのバンドがビートルズの曲を演奏しているお店の名は『Abbey road』だった。

 

Kさんバンドの演奏が終わると、おじさん3人と女性一人のバンドが佐野元春の曲を演奏し始めた。

演奏された『SOMEDAY』という曲はとてもストレートに僕には響いた

演奏が特別うまいというわけではないけれど、この曲のことを好きなんだということがよく分かる。

少なくともギターを弾きながら歌うおじさんはKさんバンドの女性ボーカルと違って譜面なんか見ていない。歌詞を覚える、なんてことをした覚えがなくても覚えちゃっているのだ。そういう部分が熱になってお客さんに伝わるのが音楽の面白さ、楽しさだと思った。

佐野元春バンドの人のバンドへの取り組みは①のカラオケタイプだろう。でも、ちゃんと熱と愛が感じられるからその場にいたお客さんも僕同様に演奏を楽しんでいたように思う。

 

おじさんバンドの演奏が終わると僕とバンドのメンバーは2階へ移動した。

Kさんバンドへのメンバーそれぞれからの感想は異口同音で、審査で言うなら不合格だ。

 

「本人がきっと感想を聞きに来るよね、どうしようか…」と言っているところにKさん本人がやって来た。

「どうでした?」と審査結果を求めるKさんに対して、『良かったですよ』と言うわけにはいかないのだ。

さっき聴いたばかりの演奏でわかるのは、Kさんのバンドは人前で演奏し、お客さんと一緒に歌い、踊り、店にもお客さんにも納得してもらうためにするべき準備が出来ていないということだ。

しかしKさんたち本人は出来ている、という認識なのだろう。

だからこそ「どうでした?」と結果を聞きにくることができるのだ。そこには客観的な視点というものが圧倒的に欠けていた

 

面と向かって誰かにダメ出しをする、という経験は以外と少ない。

しかし言わなくてはならないのだ。それに僕はイライラしていた。悪気があるかどうかは別として、結果としておいしいところを持っていこうとするKさんに。

明らかに練習が不足しているKさんのバンドに。Kさんが演奏したい、と希望する、僕たちのバンドが演奏してきた店の名前と同じアルバムジャケットをモチーフにしたTシャツを作り、販売しようとしているKさんに

 

そして、ここまで書いてきた文章のようなダメ出しをKさんにした。

沈黙が訪れた。

音楽に対してダメ出ししているわけではないし、技術に対してダメ出ししているわけではない。それらは練習すればある程度解決する。絶対に。

しかし、Kさんのバンドが上手くなることはおそらくないだろう、と思う。それは心根の問題なのではないか、と僕は思った

 

Kさん達のバンドが食事のために、お酒を飲むために、ついでにライブを楽しみに来るお客さんの前で演奏する、という責任を果たせるかどうか… 

Kさん達は僕たちによる審査をパスするために時間を割いてしっかり準備すればよかったのだ、僕たちがいつもそうしているように。

演奏を聴かせてもらって、僕たちがいいかどうか決めますよ、と初めから言っていたんだから。

それが出来なかったのは、Kさんがそのお店でお客さんが一緒に歌ってくれるようになるまでに僕たちのバンドが10数年間どのような時間と労力を費やしたのかを想像できなかったからだろう。

 

そのようなダメ出しは当然周囲のテーブル席にも届いていて、そのライブハウスとそこに集う常連さんとは普段接点のない生活をしている僕たちは目立ったのだろう。

ついでに普段は大人しく声を荒らげることのない生活をしている僕は人にダメ出しをするという非日常的な行動に自分のテンションを上げてしまい、酒も手伝ってその後もバンドのメンバーとKさん達の改善すべき点を肴に酒を飲んだ。

この僕とKさんとのやり取りを知り、不快に思っている人がいるらしいと聞いた。

でも、こっちが不快だったのだ、ということを書き記しておきたい。

それは単純に演奏の上手い、下手についてのダメ出しではなかったということを言っておきたいのだ。

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2019年2月から華東師範大学のMBA課程に在籍していましたが、この度無事に修了し、修士の学位をゲットしました。

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長いことギターを弾いてきた。 プロになろうと思ったりしたこともあるが、腕は中の上といったあたりだろうか。

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